刀剣

和泉守兼定(会津兼定)
Izumi no kami Kanesada(Aidu)

鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀剣[N.B.T.H.K] Hozon Token

和泉守兼定(会津兼定)Izumi no kami Kanesada(Aidu)
    • NO.587
    • 銘文:和泉守兼定(会津兼定)於越後国加茂造 応宇佐美祐愛需 
    • Sign:Izumi no kami Kanesada at the Echigo Order from Usami Yuuya
    • 種別:白鞘短刀 Tanto and Shirasaya
    • 寸法:7寸4分(22.4cm)反り0.0cm 元幅 2.1cm 元重0.6cm
    • 時代:江戸時代後期ー陸奥国(福島県)
    • 価格:¥1,200,000(JPY)
    • 印刷物:「会津十一代和泉守兼定」所載品

江戸時代後期、会津藩抱工、十一代会津兼定注文打ちの作品。
会津兼定は、美濃國和泉守兼定の子孫といわれており、初代は室町末期頃に奥州に移り住み、その後会津藩の抱え工として幕末の十一代まで続いた名門である。特に、十一代兼定は名人の誉れ高く、新選組副長・土方歳三の愛刀であった事はあまりにも有名である。兼定が仕えた会津九代目藩主・松平容保(かたもり)は、倒幕派の動きが激化する中、幕府より京都守護職に任命され、上洛していた将軍の警護、京都の治安維持という大役を仰せつけられ、この時、容保の配下にあって、彼の右腕となって活躍したのが新撰組である。兼定も容保の命により、文久三年(一八六三年)に上洛し、容保の働きかけもあって同年十二月には和泉守を受領、以後京で鍛刀し、作刀明治まで励んでおり、父に似て肌物の巧者として知られている。
本作は身幅尋常で切先やや伸びて鋭く、地鉄、小板目肌よくつみ、地沸微塵に厚くつき、刃文、匂出来の直刃を焼いて、総じて上品に整って凛とした風情を醸し出す同作中の優品である。兼定は明治2年より越後国加茂町の志田家に駐鎚していることから本作も同年代の作と鑑られる。

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