刀剣界ニュース

風向計 其之六

 三月に入り、安倍政権の経済政策、いわゆる「アベノミクス」効果によって経済諸指標に改善の兆しが見え始め、デフレ脱却の目安となる消費者物価指数を除いては、おおむね緩やかな景気回復路線をたどっていることが報道によって知られる。
 回復を阻害するデフレに対しては、政府・日銀もやれることは何でもやるという姿勢を明確に打ち出し、二年ぐらいを念頭に置いて二%の物価上昇率達成を表明、このための大胆な金融緩和政策を現実のものにするための施策が講じられており、景気好転への期待感は高まる一方である。
 また、政府の発表する月例経済報告の景気基調判断は二カ月連続の上方修正となり、内閣府調査による全国の景況判断も平成十四年五月以来十年九力月ぶりに上方修正されるなどの明るい兆しである。
 ニューヨーク株式市場はリーマンショック以前の高値を五年五カ月ぶりに、東証株価は平成十九年十月以来の高値を四年五カ月ぶりに更新している。リスクを抱えながらも今後は本格的な景気回復の到来時期の見定めが焦点となっており、企業経営者は業種を問わず、先行きに備えて重要な判断を迫られている昨今である。
 さて、このような変革前夜の経済状況にあって、わが力剣業界のこの先数カ月はいかなることになるのであろうか。どのような風が吹き、その風向きはどの方向に流れるのであろうか。誰もが関心の強いところであろうが、結論から言えば、二、三カ月では何の風も吹かず、業異のマインドこそ最悪の時期を脱したものの、株の値上がりや円安の恩恵に浴することは当分の間期待はできない。
 確かに、IT関連、金融・為替関係、輸出入関連の大企業など、円安・株高を背景に莫大な利益を得た富裕層の消費が取り沙汰されているが、それらのマネーは高級時計や貴金属、高級外車、ブランド物やマンション、それに旅行などのレジャーには流れても、刀や鐔には直ちに回っては来ない。余ったお金でそのようなものを求める人たちは例外はあるにせよ、われわれの業界の顧客とはいささかタイプを異にするものである。刀剣や鐔を愛好する真の数寄者は、外見や外聞にはあまりこだわらない質実かつ賢明な思考の持ち主が多いからである。
 しからば、いつ、どのような形でわが業界に景気好転の余波が到着するかを観測すると、約半年先の九月ごろにはやや兆しが見え始め、二年後の平成二十七年春ごろには異常な刀剣相場の下落状態から脱却する可能性がある。それも、刀剣業界内に何も起こらないことが前提である。
 ここまで書くと反論もあろう。刀剣の交換会などでの取引相場は既に一割ぐらいは上がっているのではないかと。しかし、それは早計に過ぎると思われる。人の求めるものはどのような経済状況下においても高く、求めないものは安いという原理には変わりなく、良品が強含みで取引されていると感じられるのは今に始まったことではなく、それ以外のものは決して高くなっていない。
 真の相場の鍵を握っているのは、ほかならぬ愛好家であって業者ではない。景気の影響が愛好家に及び、小売りにそれが反映されてこそ取引相場の上昇を見るのであり、あくまでも実需に基づく相場が真の相場であり、業界内で値上がりすることはない。あるとすれば過去に見てきたように、モノを資金化の具と考えての取引によるものである。
 このように、株価が値上がりしたから刀の価格も上がるということはなく、好況が定着、安定した後にわが業界に反映されるのは過去の常とするところで、日本経済がデフレ脱却に手をこまねいていると同様に、刀剣デフレの解消にはまだ時間がかかることを知るべきであろう。
 とは言え、約半年先の好転の可能性を予測させるに十分な業界の現在のムードはホンモノで、昨年までのような自信喪失感が蔓延していたときとは異なり、良いものが出たら買おうという眼の光が出てきたことは特筆に値するものがある。来るべき時への自身の備えを怠らないことが肝要であろう。

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