刀剣界ニュース

コレクター紹介 元総合格闘家は愛刀家としてもビッグ!

例年になく早い梅雨入りとなった五月の末、総合格闘技の黎明期に活躍した元プロレスラー・総合格闘家の前田日明さんを渋谷区道玄坂の事務所にお訪ねしました。
 前田さんは、プロレス界にキックボクシングやサンボの要素を取り入れ、格闘技を日本人にとって身近なものにさせるとともに、プロモーターとして格闘技の大規模興行を成功させ、そのノウハウをK-1に受け継がせた方です。現在はリングスのCEOを務めています。
 お目にかかった最初の印象は、わっ、大きい。一九二センチの身長と厚い身幅に圧倒されつつ、インタビューは始まりました。
 前田さんは昭和三十四年生まれの五十四歳。釣り用に小型船舶を所有している、読書家で作家の山田詠美氏とも交流がある、航空機が好きでフライトシミュレーターを続ける、骨董に造詣が深い、など多彩な趣味をお持ちです。殊に日本刀の収集と研究に熱心なことは、業界のみならず広く知られています。
「海外のコレクターや格闘家仲間にも日本刀の素晴らしさを伝えているんです」と、笑顔で話は始まりました。リング上で暴れ回っていた記憶から、恐る恐る訪問でしたが、お会いして五分も経ないうちに前田氏の優しい人柄に触れ、すっかり虜になってしまいました。
 前田さんが初めて日本刀を手にしたのは、二十四歳の時。後援者の方から譲られた無銘の清光だったそうです。その後、道場に通う途中の古書店で旧版の『日本刀講座』(雄山閣出版)全二十五巻を入手した前田さんは、読み進めるうちに、刀の奥深い魅力にすっかりのめり込んでしまいました。リング界での活躍と並行して、コレクションも増えていきました。
 前田さんの刀好きが内外に知られてくると、悪い影が忍び寄るように、見ず知らずの刀剣ブローカーたちが訪ねてくるようになったそうです。「勉強代に数千万円納めてしまいました」と苦笑されていました。
 前田さんの日本刀収集と研究の日々は三十年に及びます。平成十年に訪米した際、長船康光の刀を「これは本物だ」と確信して購入、日本に持ち帰り、研磨した上で審査に出すと案の定、合格だったことも。
 収集刀には現代刀もあり、千葉の松田次泰刀匠への注文打ちは、何と三尺三寸三分の太刀を、しかも二振。お母さんの生まれた兵庫県の千種川砂鉄と、茨城県・鹿島神宮の御神水を自ら採りに行き、製作に提供されたそうです。
 完成して手にした大太刀は、サッと鞘を払い、エイッと振るって格好良く鞘に収めたとのこと。「もっと大きな太刀でも、実際に使われたことがわかりましたねと、体験に基づいた見解も披露されました。
 前田さん曰く、「格闘家にはなぜか日本刀が好きな人が多いですよ」
 これは大発見でした。今日の私はあくまで取材記者のはずでしたが、つい反応して身を乗り出します。レスラーやボクサー、武道家を訪問すれば刀を買ってもらえるんだ、でも前田さんのように優しい人ばかりじゃないぞ、こりゃ命懸けの営業だ、などとおバカな思いを巡らせながら伺っていました。
 前田さんが三十年間に出合った思い出の名刀と数々のエピソードを聞いて、約一時間の取材は終わりました。中でも、日本刀の将来が心配であると真剣に
繰り返されていたことが強く印象に残っています。
「未来を担う若い人たちに日本刀を見てもらい、魅力を伝えていかなくてはならない。本当に刀がわかる人が少なくなっている。現状を改めてファンを育てていかないと。外国人の方が日本文化を高く評価している。良い刀が海外へ流出すると戻ってはこない。二十年後には大変なことになってしまう。私にできることがあれば、何でもやりたい」と。
 こういう方が本当の収集家なんだと、あらためて感じました。長く受け継がれてきた日本刀を後世に伝えていく責務が、私たち刀剣商をはじめ、刀剣収集家や刀剣に関わるすべての人たちに求められています。久しぶりに爽やかな感動をかみしめながら帰路に就きました。(生野正)

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