刀剣界ニュース

名刀に見る「自然」にあこがれる

十七歳のときに偶然目にした短刀に魅かれ、奈良県の河内國平先生に弟子入りして六年。独立後、群馬県富岡市に仕事場を構えて、はや十三年目になります。刀の世界で過ごした年月が、その前の年月よりも長くなってしまいました。
 
力強くも優美な姿に華やかな丁子乱れの焼かれた備前刀は理想であり、その地鉄、姿、刃文を日々追い求めています。再現が難しいと言われる鎌倉期までの刀に近づくために、鉄に関する勉強と実験的な鍛錬を繰り返し、ようやく面白くなりそうなものが見えてきた今日このごろです。
 
しかしながら長い作刀工程の中で、どこをどのようにすれば理想の姿に近づけられるのかはまだまだ暗中模索の状態で、ここが、大変でありながら今最も面白いと感じているところです。
 
名刀と呼ばれる刀を見ていると、私はそこから、美しさや力強さといったもののほかに、何か、さまざまなイメージを感じます。言葉にするのは難しいのですが、それらがうまく調和していると、全体がとても「自然」で安定している印象を受けるのです。
 
過去の刀匠が、それらをある程度意図して作り出したならば、その根底にあるものは何なのか、知性や感性、性格や人柄といったものなのか、とても興味があります。特に、刃文は目立つ部分であり、その中に何を表すのかは全体に大きな影響を与えると考えていますので、作り手の人間性が出るのであれば、そちらも研鑽を積まなければと考えています。
 
仕事場のある富岡市では、先日「富岡製糸場」が世界文化遺産の登録勧告を受けて盛り上がりを見せており、地元民として大変喜ばしいことです。と同時に、刀鍛冶という仕事も、世の中から見れば〝文化遺産〞になりかねないのではないかという現実をも考えさせられます。
 
武器として生まれながら、その美しさを極限まで高めた日本刀という一つの文化、またそれを作り出す技を、遺産としてではなく生きた形でつないでいかれるよう、一刀職人として生涯作品づくりを続けていきたいと思います。
 
真面目なことばかり書いてしまいましたが、硬すぎる作品にならないよう、ほどよくマイペースが信条です。

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