刀剣界ニュース

風向計 其之十四

刀剣業界は今、一服の感があることは多くの人が認めるところであろう。あの厳しいリーマン・ショックの余波から立ち直り、また、交換会不払い事故の連鎖も一段落し、ひとときの平穏を迎えているところである。願わくばこの秋から冬、さらには来年にかけて景気の回復基調が持続し、わが業界にも遅ればせながら恩恵に被れる時節が到来してほしいとの期待感を抱いている人も少なからずあろう。
 
そこで、ここ数カ月の業界景気見通しを予測してみよう。
 
まず、足元の動向を見てみると、前述のように交換会における信用取引の懸念要因もある程度払拭され、出品される刀剣などの品薄状況は続くものの、業者個人のマインドは比較的落ち着いていると言える。小売りに関しては、増税の影響は少なく、売上高は伸びないまでも、いわゆる増税前の駆け込み需要の反動減などは少なく、これから秋にかけては昨年並みの販売額が期待できるというシナリオも描けよう。
 
また、全国に散在する刀剣愛好家の所有する刀剣等も、世代交代の時期を迎えるたびに売り物として世に出るため、あたかも再生産されているが如く、品物の全体量は減少することなく商品の枯渇の心配は少ない。
 
肝心な相場はと見てみると、極端なデフレ状態から脱却して二年近くなる今、ひとまず安定しており、今後しばらくは相場が下がる材料はなく、むしろ取引価格は上昇傾向にあると言える。
 
もちろん、今年三月十五日発行の第十六号本欄でも触れたように、重要刀剣等が昔日の取引相場に戻ることは指定数と取引価格との「相対的ギャップ」の関係上あり得ない。保存・特別保存・重要・特別重要といった公益財団法人日本美術刀剣保存協会(以下協会)の鑑定・指定は今後も相場の指針となるものとして重要度を増すことは間違いないであろう。ほとんどすべての刀剣等はこの審査制度によって価値と価格が支えられていると言っても過言ではなく、今後の価格上昇のメドとなるのもこれらの鑑定・指定と言い得る。
 
さて、このような安定的な見通しに当たっては、当然のように前提条件もある。
 
その第一は、何といっても日本国内および世界各国の政治・経済の安定であろう。リーマン・ショックやサブプライム問題、あるいはギリシャやスペインの信用不安など、われわれのあずかり知らない所に端を発した不況が、いわれのないわれわれの身に降りかかった先の大不況のようなことは例外としても、安倍政権による経済の諸策が奏功し、回復基調が継続することが必須でもあろう。
 
第二は、業界自身の安定であろう。現在の刀剣業界は刀剣商組合を中心にまとまっており、業歴の長い刀剣商ほど小異を捨てて大同につく自信と知性を身につけており、それぞれの持ち場で力を発揮している。しかし、突発的な交換会等での債務不履行だけは予測が困難で、このようなことが同時多発的に惹起すれば、業界は実質的にも、またマインドの点においても急速に落ち込む。従って、このような事故が起こらないことが先行きの透明性においては絶対条件ともなり得るのである。
 
第三として挙げられるのは、業界の取引に関連の深い他の諸団体、あるいは時に行政も関係する出来事であろう。すなわち今回、研磨技術部門で本阿彌光洲師が重要無形文化財保持者に認定された慶事が、刀剣業界全体の追い風となる一方、規模の小さいわれわれの業界は些細なことでたちまち失速してしまう懸念もある。幸いに、刀剣審査に当たる協会の経営は盤石で、最も信頼に足る審査機関として不動の評価を得ていることは最大の追い風であり、一方の公益財団法人日本刀文化振興協会のかつて例を見ない精力的な対外啓蒙活動も刀関係者にとってはありがたい援護である。この両団体と組合との三者が協力し合えば、刀剣界の安定度はいやが上でも向上するはずである。
 
一方、依然として解決の糸口さえ見られない刀剣等の登録証の所有者変更手続きの不合理さは、時としてわが業界にとっては頭の痛い逆風ともなり得る。しかも、われわれの引き起こした問題であれば責任の取りようもあるが、過去の行政のミス、つまり誤字・脱字、寸法や反りの計測間違い、入力ミス等による記載内容の相違による変更届の不受理などは、われわれでは解決できない。このことだけで高額商品取引の破談や、業者自身の信用も損なうといった事態に至ることにもなり、何とか解決に向けて当局との話し合いのテーブルに就くことも業界の安定を維持するためにはなくてはならないことである。
 
このほか、航空機、宅配便、保険会社、警察署など、商売を取り巻く環境に不利益となる事件が起きないことも、不況を招かないことの条件ともなる。
 
以上見てきたような前提条件の下に業界の安定は続くとみられるが、第二に挙げたような内的要因から自滅することだけは避けなければならない。ぼつぼつ、刀剣界も成熟してきたはずである。過去と同じような失敗を繰り返し、それが体質などと言っていては、将来はないはずである。
 
平穏な時代にこそ、備えを強固にする英知を結集させたいものである。

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