刀剣界ニュース

刀は美しい

僕が刀を見て思ったことは二つあります。
 
一つ目は、刀は奥が深いということです。
 
刀は、作られた場所や時代によって地鉄の色が変わります。僕が初めて刀を見たとき、いろいろな刀を見せてもらったのですが、その中でも違いはたくさん見つけることができました。
 
例えば、片山一文字という刀は南北朝時代以前に備前で作られたので、地鉄が青いということに気がつきました。
 
また、平造りや長巻造りなどの作り方によっても刃文の模様が違ってきます。
 
刀を見せてくれた方が、「光を当てて見てご覧」とおっしゃって、ライトを刀に当ててくれました。さまざまな角度から光を当てると、いろいろな模様が波のように浮かんできました。三日月の模様や、繊細な化粧研ぎが見えました。僕は時間を忘れて見入っていました。
 
また、戦うためでなく、武士の象徴として作られた刀は、あまり研がれていないのか、厚みがあるのがわかりました。さらに、所持者が変わるごとに目釘穴の位置も変わるので、有名な刀工が作った刀でも銘の部分が消えてしまうことがあると教えてもらって、そんなこともあるのかと驚きました。
 
僕は、刀はとても奥が深いんだなと思いました。
 
二つ目は、とても美しいということです。
 
刀身だけでなく、鞘や鐔に施される装飾がとても精密で神秘的だなと思いました。鮫皮や金や漆で作られた鞘には職人のこだわりがあり、とてもきらびやかだなと思いました。
 
僕は、刀はどこまでも奥が深いんだなと思いました。刀に出会えて良かったと思います。
【付言】刀とともに
 
外山潤クンは現在、高校一年生です。私の父が日ごろお世話になっている主治医のご子息で、剣道部に在籍していた当時、三年ぐらい前が日本刀を手にした最初だと思います。お顔は興福寺の阿修羅さまさながら(笑)、真剣なまなざしと集中力に驚きました。

 「遺産」という言葉があふれています。今日、人は先に進むことばかり考え、あらためて振り返る時間を持とうとしません。日常の雑事をいったん脇に置いて、「時間を止める」―そこには心の豊かさがあふれています。先人の尊き思い、先人の心を心とする、そんな機会に少しでも触れるべく、これからも潤クンと日本刀を鑑賞していけたらうれしく思います。 「折れず曲がらずよく切れる」―矛盾を解決した日本刀の姿は神の授け賜うところにして、世界に国多しといえども日本刀のみ、また刀を尊ぶこと、諸国諸民族の比にあらず、ここに精神的遺産ありと思います。
 
今日は平成でありますので、日本刀に対する見方・感じ方は人それぞれです。しかし、精神的遺産を考えるときは、その刀が作られた時代の精神に帰って、思いを馳せることが大事だと思います。
 
すると、なぜ三種の神器の一つであるのかとか、なぜ神社の御神体であるのかとか、明日の命も知れぬ戦国武将はどのように日本刀に向き合ったのか、たとえ今死んだとしても後悔せぬよう、愛するものを守るために修練を積んだのではないかとか、興味は尽きません。まさに時間と空間が広がっていきます。
 
剣には活人剣と殺人剣があり、勝つための戦い方、負けないための戦い方があることも日本刀から教えられます。
 
今後は、日本刀の中に備わっている魅力を引き出し、一愛刀家として向き合いたいと思っています。
 
その鍛錬の精妙、焼き刃の絢爛、朝日に匂う山桜のごとく、はたまた笹に積もれる淡雪のごとく、動と静とを兼ぬ〜(笑)、本日もいざ出陣〜です。
(豊田ゆみ子)

Return Top