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江戸東京博物館「花燃ゆ」特別展 若き英雄たちが生きた時代

現在、NHK総合テレビで放映中の大河ドラマ「花燃ゆ」にちなむ特別展の報道発表の案内を頂いたので、江戸東京博物館に行ってきました。
 
主演女優の井上真央さんの撮影会もありました。近くで拝見すると、さすがに「きれいだなあ」と思いましたが、街ですれ違っても案外気がつかないかもしれず、そこいら辺も井上真央さんの魅力なのかもしれません。
 
さて、特別展についてですが、まず小生が長州のことを知らないということに、最初の展示で気づかされます。伊能忠敬の「御両国測量絵図」。これは長州藩が伊能家から入手した写本で、周防・長門の「御両国」が描かれています。江戸幕府上呈本と伊能家控図が共に焼失しているため、「大図」の姿を知る上で貴重な資料なのですが、これを見ると、長州藩には長府・徳山・清末・岩国の四つの支藩があったそうです。
 
この特別展でわれわれが注目するものの一つは、藩主毛利敬親所用の紺糸素懸威五枚胴具足。胴・銘明珍信家、兜・銘明珍貞家。兜は三十間、これは珍しいのではないでしょうか。保存状態も良く、実戦向きでもあります。
 
そして、もう一つ、陸奥守藤原兼信の刀。これは慶応三年(一八六七)十二月、朝廷は毛利敬親父子に対し、剝奪していた官位の勅書を下し、翌四年一月の鳥羽・伏見の戦に勝利を収めて参内した世子元徳に対し、天皇が徳川慶喜追討の功績を賞して下賜された刀です。それにしては刀の〝格〞というものが足りないのは、長州藩がまだ信用されていないのか、朝廷も御手元不如意なのか、よくわからない。
 
書附物も多数出品されている。小生の印象に残ったのは、周布政之助である。写真や肖像画、ガラス杯、萩焼河豚形徳利、さらに木戸孝允の描いた戯画も残っている周布は長州藩大組士。村田清風の薫陶を受けて藩政改革に取り組み、保守派との政争を繰り広げた後に実権を握った。吉田松陰や高杉晋作らの良き理解者で、伊藤博文らの密航留学にも尽力した。
 
激動の時局に対応する中、文久三年(一八六三)八月十八日の政変、元治元年(一八六四)禁門の変、第一次長州出兵と相次ぐ情勢悪化によって追い込まれ、山口の寓居で自刃。この間、新選組が池田屋を襲撃し、吉田稔麿が死亡したり、四国艦隊の下関砲撃に対して、高杉が休戦交渉を行ったりしている。
 
自刃の翌年の慶応元年(一八六五)には、高杉が恭順派を打倒し、藩論を武備恭順に統一している。周布の自刃は四十一歳だから、それから数カ月前のことである。
 
明治十三年(一八八〇)に松陰の兄民治が松下村塾を再興するも同二十三年に閉鎖。四十年に松陰神社ができ、大正期から昭和の初めにかけて松陰は維新前期の英雄として全国的に注目されていく。土佐の坂本龍馬が、司馬遼太郎の『飛ぶが如く』によって戦後、維新の英雄として出てきたように。
 
それぞれの活動は、過激であり、痛烈であり、万民の共感を得るわけではないが、人のできないことを成し遂げ、そして早世してしまった人間には、英雄になる資格があるのだろう。それが「花燃ゆ」の時代である。
(持田具宏)

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