刀剣

山浦環正行 天保十年十二月日主伴景徳
Yamanoura Tamaki Masayuki A.D1839 (Minamoto no Kiyomaro)

鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K] Jyuyo Token No.40

山浦環正行 天保十年十二月日主伴景徳Yamanoura Tamaki Masayuki A.D1839 (Minamoto no Kiyomaro)
  • No.748
  • 銘文:山浦環正行 天保十年十二月日主伴景徳 (源清麿)
  • Sign:Yamanoura Tamaki Masayuki for Ban Kagenori A.D1839 (Minamoto no Kiyomaro)
  • 種別:拵付刀 Katana and Mounting
  • 寸法:2尺3寸(69.6cm)反り1.8cm 元幅 2.9cm 先幅 2.1cm 元重0.6cm
  • 時代:江戸時代ー武蔵国(東京都)
  • 価格:¥50,000,000
  • 特別展「日本刀の華 江戸の名工 虎徹と清麿」並びに「清麿」展 出品作

世人「四谷正宗」と讃えられた幕末の天才刀工、源清麿の重要刀剣指定作品。
清麿は本名を山浦内蔵助環といい、文化10年(1813年)に信州赤岩村に生まれた。文政12年(1829年)に兄、真雄と友に上田藩工河村寿隆の門に入り、初銘「一貫斎正行」のちに「秀寿」と名乗り、天保6年(1835年)江戸に出て、幕臣で評論家として名高い窪田清音のもとで学び、一時は長州萩でも作刀し、弘化3年(1846年)「清麿」銘に改め、嘉永7年(1854年)42歳で自刃した。
本作は天保十年、江戸で腕を磨いていた清麿26歳時の注文作である。身幅の割に鎬幅が狭く、反り浅く、先反りごころがつき、大鋒でふくらの枯れた彼独特の体配に、鍛えは板目に杢交じり、地景が盛んに入り、刃文は互の目乱れに金筋を強く、長くかけて殊に明るく働いた優品で、既に天才刀工の技量が完成の域に達していたことを感じさせる名品である。注文者の篠山(伴)景徳は近世和流砲術の一流派、荻野流の砲術家で佐渡奉行を勤め、天保十二年には幕府の命を受けて徳丸原で実施した西洋流砲術演習を批評した「徳丸の記」を記すなど、幕府の軍術に深く関与していた実力者である。かの様な人物の注文作を受けていた事からも、清麿が若くして既に幕府の中枢に重宝されていたことが窺える。名物二筋樋貞宗か亀甲貞宗を彷彿とさせる名刀であるが、果して当時清麿がこれらの名品を目にする機会に恵まれたのであろうか。もしそうであれば彼の飛び抜けた名品を産み出した素地はこれらの経験が一助となっているのかもしれない。


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