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「甲冑女子」になる予感 !? 鉄黒漆塗切付毛引紺絲威二枚胴具足

アルバイト先の会社であるカイクリエイツのエントランスに入ると、まず目に入る立派に飾られた鎧。弊社には故前社長のコレクションである江戸時代の鎧が、ディスプレイしてあります。
 
それが、私の鎧との「きちんとした」出会いでした。それまで、博物館へ行っても、特に鎧のコーナーをじっくりと見ることはありませんでした。というか、どちらかというと避けていました。何やら難しそうだからです。
 
しかし、数カ月に一度発行している社内報の取材対象を考えているとき、上司が、例の鎧の展示の際にお世話になった古美術商の方を取材対象として提案しました。
 
弊社はインターネットサービスを提供している会社です。従って、鎧はまるで関わりのない分野ですが、だからこそいいという判断で、銀座にある甲冑を扱う骨董店を取材させていただくことになりました。綱取譲一さんが営む、福隆美術工芸です。
 
綱取さんは、全くの初心者である私にもわかるように、会社に飾られている鎧を例に取って丁寧に説明してくださいました。
 
まず鎧の名称は、その形状などを表現する言葉から成り立っています。例えば、弊社の鎧の名称は、「鉄黒漆塗り/切付毛引/紺絲威し/二枚胴具足」。すべて合わせると、とても長い名前に思えます。しかし、これらは鎧の形・製作技術・素材などを表しているとすると、なんと親切な名称の付け方でしょう。
 
鎧のおなかの部分を見てみましょう。「鉄黒漆塗り」は、この部分が黒く漆で塗られていることを表しています。「切付毛引」は、横に長い板の上部に切り込みを入れて、外観を小こ札ざねのごとく、凹凸で重なり合っているように見せる手法のことを指します。「紺絲威し」は、威毛が紺色であること、「二枚胴具足」は、胴部分を前後二つに分割し、片側を蝶ちょう番つがいで留めて開閉できるようにしたもので、二枚のパーツがお互いそれでないとぴったりかみ合わないことを意味しています。ちなみに弊社の鎧は、向かって右側が蝶番になっていました。
 
兜部分の作りは「板物素掛け威し」と言って、先ほどの「切付毛引威し」とは作りが異なります。この兜には筋状の模様の本数が六十二本もあるので、手間も時間もかけて苦労して作られたものであることが一目でわかるそうです。家来の兜は早くたくさん作れるものの方がいいので、ここまで丁寧に作られたものはありません。
 
従って、弊社の兜は高い身分の人のものであることが、作りからも判断できるのです。
 
作りが上下で異なると、途中で不本意に混ざってしまったのかと考えがちです。しかし、そうではない、と綱取さんは力を込めて言います。「お下がり」と考えるのが正しいようです。
 
当時の鎧の所有者は、彼の先祖の兜に霊力が宿っていると考え、戦場に出るときはその力を借りたい気持ちで身に着けたのでしょう。そのような考え方をすると、甲冑の上下の作りが異なる点に注目するだけで、さまざまなエピソードが浮かび上がってきます。この鎧が、こんなに深いメッセージを含んでいるとは思ってもいませんでした。
 
また、この鎧の魅力についても伺いました。綱取さんによれば、手を着けられておらず、いい意味で放っておかれていた点がこの鎧の魅力です。飾ることのみに重点を置いた、心ない業者さんによるいい加減な直しが加えられている鎧とは違い、元の状態に近い形で残っているのは貴重なことだそうです。さらに、陣羽織、着用の際不可欠というわけではない、マンチラと呼ばれる鎧下着、そして手紙・文書などの書類もそろっており、そうした付属品から、この鎧が歴史的資料としてもいかに素晴らしいものかがうかがえます。
 
取材を終えた今、社のエントランスで迎えてくれる鎧に覚えるのは、「難しそう」と避ける感情ではなく、畏れ多さと親近感が入り混じった不思議な感覚でした。
 
偶然にも今月、大学の授業の一環で鎧を実際に着られる機会があります。壊れやすいため、鎧なんてめったに着ることができるものでないのに、不思議なものです。綱取さんへの取材で鎧が身近になった後に、こんなチャンスが巡ってくるなんて。 「他の学生は切付毛引なんて言葉は知らないだろうな」と心の中で得意顔になりながら、その日の授業に臨むことになりそうです。

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