刀掛・太刀掛

朧色香図蒔絵鼓形刀掛
Sword Stand design of Japanese drum

朧色香図蒔絵鼓形刀掛Sword Stand design of Japanese drum
  • No.E007
  • 朧色香図蒔絵鼓形刀掛
  • Sword Stand design of Japanese drum
  • 銘:(金粉銘)好 不忘(花押) (銀粉銘)到斎宗哲造之(花押)
  • 付:共箱 
  • 江戸時代後期 19th Century
  • 伝来:光村利藻龍獅堂コレクション 根津嘉一郎旧蔵品
  • 価格 : 御売約 Sold Out


江戸時代後期に裏千家十一代家元、玄々斎が千家十職、塗師中村宗哲に注文して制作させた在銘の鼓形刀掛。
裏千家(今日庵)とは千利休の血脈を継承する三千家の一つで、代々の家元は4代仙叟宗室より加賀藩前田家の茶頭を務め、加えて5代常叟宗室より幕末に至るまで伊予国伊予松山藩松平(久松)家の茶頭も務めた。玄々斎は十一世の家元で、三河奥殿藩主松平縫殿頭乗友の子。幼名は千代松、号に不忘・虚白斎・寒雲等を名乗った。10才で裏千家の養子となり、文政9年(1826年)に代を継ぎ、明治10年(1877年)に没した。一方作者である中村宗哲(八代)は千家お抱えの塗師で名は忠一、通称は八郎兵衛、別号に到斎・聴雨・蜂老。玄々斎・碌々斎及び井伊直弼の好み物をつくり、棚物や懐石家具も制作した名人である。
本作は鼓を形取った変わり形の刀掛けで、銘文により、玄々斎と到斎宗哲が同時に活躍した、1843年〜1859年頃までの注文作とみられる。その形はもとより、家元の注文によるという来歴も全く類例の無い珍品であり、また玄々斎が日本刀を愛でていた事を示す好資料でもある。さすが茶道文化を代表する文化人の上質なセンスうかがわせる雅な注文作であり、立てかけると点前座における丸卓にも見える事から、日々の茶事から着想を得た物かもしれない。昭和十二年に行われた青山荘売立目録に所載されている事から、明治に入り、天下の数寄者、光村利藻氏のコレクションとなり、その後根津嘉一郎氏の手に渡った物である事がわかる。日本を代表する数寄者達の手を渡ってきた優品であり、流石に保存状態も健全無比な逸品である。※付 共箱。

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